脱水症状

木曜日は唐木田駅。このところ早朝はかなり涼しくなって活動が随分楽になってきた。声を掛けて下さる方々も「ずいぶん楽になってよかったですね・・・」と、私の身体を気遣って下さる。ありがたいことだ。ところが昨日、ちょっとした油断から脱水症状になってしまった。炎天下の中、長時間水分を摂らずに外で大汗をかいたのだが、その後ひどい頭痛と少々のめまいに襲われた。ペットボトルを口に運ぼうとした手が震えている。これはまずいと思って急いで自宅へ。キョトンとしている家族をしり目に、何も言わず裸になってベットへ。クーラーと扇風機に当たったまま1時間車程度仮眠をとった。その後夕方まで頭痛は治らなかったが、何とか仕事に復帰。秋とはいえこの猛暑はバカにできないと感じた昨日。思わず、健康の大切さに力が入った今朝の演説だ。一方、最近読んだ本の中に、健康とは「病気であるか・ないかの問題だけではない。肉体はもとより、精神的・社会亭にも、すべてが満たされている状態をいう」といった説明があった。つまり、たとえ身体が元気でも、人間関係や金銭トラブルなどを抱えて入れば、その時点で健康ではないと言う事なのだ。人が生きていくことは本当に難しい。何も悩みのない時期の方が人生においては少ないのかもしれない。政治が手助けできることはどこまでなのかを考えながらの今朝は、なぜか最近哲学的なことを考えるようになった2356回目。

“脱水症状” への1件のコメント

  1. 近藤 昇 より:

    人間は考える葦である(古代ローマーの哲学者)

コメントを残す

トラックバックURL:
http://www.fujiwaramasanori.com/wp-trackback.php?p=1459