国家百年の大計

月曜日は聖蹟交番横。今朝は少しだけ冬に逆戻りの朝。身体の肌寒さと不釣り合いなほど綺麗に咲いている桜並木を抜けて駅前へ。いつものように6時35分駅頭スタート。ここのところ地元小中学校・幼稚園、保育園の卒業(園)式が続着、私の来賓として出席させていただいている。子供たちも先生も、そして親たちもみんなひとつになれる卒業式は良いものだ。教育なくして立国なし…とはよく言ったものだ。我国は明治の建国以来並々ならぬ決意で教育に取り組んできている。学問は「身を立てる財本」とし、学問がない人には「人にあるべからず」とまで言い切った。まさに国家百年の大計とし取り組んできた。今日では、その時の意思を継いで、目的をある程度達した部分もあるようだが、一方で新たな課題が生まれていることも事実である。政府は今「いじめ防止対策基本法(仮称)」を成立させようとしている。まだ全容は定かではないが、この法律がいじめ問題に対して何らかの歯止めになってもらえれば幸いに思う。しかし、大事なことは、子どもたちに規範教育を浸透させることが最も必要なのではないだろうか。いじめは、いじめる側に人の痛みを感じたり、悪いことをしてはいけないといった規範意識が著しく希薄なところから起きているからだ。決める政治は、このような難しい難題にも果敢に挑戦していかなくてはならない。そんな今朝の報告で2255回目。

“国家百年の大計” への1件のコメント

  1. 近藤 昇 より:

    本当に変な天候ですね。幼稚園の卒業式は未来に希望があり楽しいです。

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